テイ・エス テック株式会社
年休の「繰越分カットゼロ」が企業文化として定着
1960年に二輪車用シートメーカーとして創業したテイ・エス テック株式会社(埼玉県朝霞市)。現在は自動車用シートや内装部品の開発・製造を主業に、国内のほか海外12か国にも事業拠点をもつグローバル企業だ。(令和5年度掲載)
企業データ
代表取締役社長 |
保田真成
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所在地 |
埼玉県朝霞市
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従業員数 |
1,710名(2023年3月現在)
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創業 |
1960年
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資本金 |
47億円
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事業内容 |
シートをはじめとする自動車内装品メーカー。1977年の北米進出を皮切りに現在13カ国で事業を展開する。シート製造の技術を活かして医療用チェアなど異業種分野の事業も手掛ける。
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経営者略歴 |
保田真成(やすだ・まさなり)
1959年1月生まれ。1982年東京シート株式会社(現:テイ・エス テック株式会社)入社。2007年開発・技術本部設計部長、2010年取締役開発・技術本部長、2016年代表取締役専務取締役を経て、2018年6月から代表取締役社長。「社員一人ひとりが『明るく、厳しく、しぶとく』かつ『自分のために、家族のために、愛する人のために』働くことが仕事の成果につながり、会社の発展につながる」を経営哲学とする。 |
年休取得推進のポイント
- 長時間労働対策として「年休の繰越分カットゼロ」運動を始める
- 総労働時間の短縮について労使で話し合いを重ね、仕事と休みのメリハリの重要性で想いが一致し、1990年代から取組を開始。管理職にも年休取得状況の管理を働きかける。1997年度から26年間、「年休の繰越分カットゼロ」を続ける。
- 使い勝手を高めるために半日単位年休を導入
- 子どもの学校行事や通院など短時間の用事に使える半日単位年休を2012年に制度化。1年に最大12回、6日分が半休で使える。年休取得の自由度が高まり、社員のワーク・ライフ・バランスが向上した。
- 労使による「職制懇談会」で取得を促進
- 職場の課長と労働組合の支部幹部が定期的に開く「職制懇談会」で、課員の年休取得状況や残業時間をチェックする。労使が連携し、社員の休日確保や労働時間の管理に努める。
1990年代に年休の繰越分100%取得を掲げる
同社の年次有給休暇(以下「年休」という。)取得への取組は30年前の1990年代にさかのぼる。長年、総務・人事部門に携わってきた中島義隆副社長は当時を振り返ってこう話す。
「年間の総労働時間が2000時間を超えていた1980年代から90年代にかけて、国際社会における日本の地位にふさわしい水準の労働時間へと短縮する動きが強まるなかで、当社が目指したのが『年休の繰越分カットゼロ』でした」
労働基準法で年休は、発生した日から2年経つと時効で消滅する。同社は、付与された年度内に使わなかった年休については翌年度中に100%取得する方針を掲げ、それを1997年度から2022年度まで26年間、管理職を除く全組合員で達成している。定着を図るために当初は、「繰越分カットゼロ」の取組を組合員だけでなく、管理職にも意識してもらうよう会社側からも強く働きかけた。「今はこの運動を始めたときの社員が管理職に就いています。長い取組を経てカットゼロが当たり前になり、企業文化として定着しました」と中島副社長は話す。
2012年には短時間の用事にも年休が使えるように半日単位年休制度を導入。現在は年6日分まで半休として利用できる。こうした取組の結果、2022年度までの過去10年間における管理職を除く一般社員の年休取得率は平均99.1%、取得日数は18.6日と高い水準を維持している。
労使による「職制懇談会」で取得状況を随時チェック
企業文化として年休取得が根付いた背景に、労使一体となった取組が挙げられる。その象徴が、労使間で定期開催する「職制懇談会」だ。その対話は課ごとに行われ、会社側からは課長、労働組合側から支部執行委員らが参加し、組合員である社員の年休の取得状況と残業時間を互いに管理してきた。
勤怠管理システムに記録された課員の年休保有日数や取得予定、前年度繰越分の取得状況と、社員が年度初めに支部組合に提出した「有休取得計画表」を照らし合わせ、予定通りに休みが取れているかを確認。取れていない社員には労使双方から取得を促してきた。
また、職制懇談会では残業についても協議する。同社は労使間の労働協約で、時間外労働は「月30時間まで」としている。業務上それを超える残業が必要となる社員については毎月の労使協議で、その必要性を事前に話し合うことになっており、労使相互で労働時間の適正管理に努めてきた。
「私が2012年に管理本部長を務めたとき、労使が協調して一歩でも二歩でも世の中に先行した働く環境を作ろうと労働組合に提案しました。良い労使関係を築くにはまず会社が、社員にとって良いと思う施策を進めることです」。中島副社長はそう話す。
労働組合の要求を待たず、柔軟な働き方を会社から提案
会社提案で2018年から、コアタイムなしのフレックスタイム制度を導入した。月160時間の所定労働時間を満たせば、朝5時から夜10時までの間に1時間でも働けば勤務とみなす制度設計にした。業務の繁閑に合わせた柔軟な働き方を可能にする目的で、2021年には生産部門にも広げ、全社に適用する。また、育児短時間勤務制度では、「小学校就学前まで」としていた適用対象期間について、組合から「小学3年生修了まで」という延長要求が出されたことに対し、会社は「小学校卒業まで」に引き上げて制度化した。
こうした制度改革を中心となって進めてきた中島副社長には、30代の係長時代に原点となる体験があった。妻が風邪をこじらせ、幼稚園児と生まれたばかりの子どもにうつって3人とも寝込んでしまったときだ。
「当時は有給休暇を申請しやすい環境になかったので、朝5時ごろに出社して、やるべき仕事を終わらせてから『年休を取らせてください』と上司に申し出ました。すると、『そんなくだらないことで年休を取るのか』と怒られ、私も腹が立って会社を辞めるつもりで家に帰りました。そのあと上司は謝ってくれましたが、私のなかでずっと、その上司の振る舞いが反面教師になっています。家族や職場の仲間に支えられて仕事ができている。そのことを忘れないようにしています」
コーポレート・コミュニケーション部で働く入社9年目の大森一樹さんは、2022年度は年休を20日取得した。前年度から繰り越した18日を使い切り、22年度に付与された2日分を取得した形だ。そのうち半日単位での利用が8回、4日分を使った。「今年4歳になった双子の息子の急病や定期健診など、年休のほとんどは家族のために使っています。こまめに取れる半日年休と、しっかりと休んでリフレッシュする1日の年休を柔軟に使い分けられるので、繰越分を使い切れずに失うこともありません」。年休は原則、前日までの申請だが、急を要するときは上司や同僚が状況を察して快く受け入れてくれるという。
パート勤務の妻と家事や育児を分担している。保育園への送りと、帰宅後の掃除、洗濯が大森さんの主な日課だ。年休とフレックスタイムに加え、2020年から制度化された原則月5日までの在宅勤務制度も活用し、双子の子育てを妻と乗り切っている。
大森さんは入社2年目から組合活動に従事し、現在は本社支部書記長を務める。年度初めの4月に、所属する約80人の支部組合員に「有休取得計画表」の記入を求め、回答をExcel管理して、職制懇談会で進捗を確認し、組合員に取得を促してきた。「しっかりと休んで働くことがベストパフォーマンスにつながるという考えが労使ともに共有できている。組合活動を通じて、そこが当社の特長だと感じています」
次の目標は「付与された年休を年度内に使い切ること」
2018年に入社した前田汐音さんは人事部で新卒採用業務に携わっている。2022年度は、前年度から繰り越した14日分の年休をすべて使った。今年は夏前に5日の年休と週末を合わせて1週間イギリスを旅した。
所属する人事企画課では定期ミーティングで、課員の年休取得状況を共有している。「課長や先輩が、『有給休暇がちょっと取れていないけれど、大丈夫ですか』と声をかけてくれます。課内で誰が忙しい状況にあるのかをみて、業務も調整してくれます。働き方をしっかりと見てもらえているという気持ちになります」
担当する新卒採用業務の会社説明会やインターンシップでは、年休の取得が根付いている社風や取得率の高さを学生にアピールする。経済誌による年休取得率が高い企業ランキングで10位内に入る情報も伝えている。「今の学生の企業選びの軸の一つにワーク・ライフ・バランスがあります。年休はきちんと取れているか、平均残業時間はどれくらいかに関心が高く、働きやすい環境が整っている会社かどうかをよく見ています」。そう語る前田さん自身も、各社の労働条件がわかる「就職四季報」で見比べて志望企業を選んだ。メーカーは労働組合がしっかりと活動しているから働き方改革が進んでいる──。そうした先輩の話も参考に、「日本の産業として強い自動車業界に絞り、長く働き続けられる会社だと思って当社を選びました」と話す。
「年休の繰越分カットゼロ」から次のステージへ。中島副社長が今後の取組として挙げるのは、付与された年休を年度内に使い切ることだ。「それが本当の意味での年次有給休暇取得100%です。社員が気持ちよく働ける環境を整えれば、仕事の効率が上がり、会社の業績にも反映されます。年休を含めたワーク・ライフ・バランスの取組は、当社の企業理念の一つである『人材重視』につながるものであり、この先も進めていきます」と語る。