株式会社クボタ
労使トップによる宣言が年次有給休暇取得率100%の出発点
日本を代表する農業機械メーカーとして120か国以上でビジネスを展開する株式会社クボタ(大阪市浪速区)。約1万2500人を数える全従業員平均でみた2022年度の年次有給休暇(以下「年休」という。)の取得日数は21.3日、前年度繰り越し分と会社独自の年休制度を合わせた取得率は110.5%に上る。厚生労働省が公表する2021年全国平均の取得日数10.3日、取得率58.3%と比べてほぼ倍の高さで、経済誌による2023年版の年休取得率が高い企業ランキングでも3位に入る「先進企業」だ。(令和5年度掲載)
企業データ
代表取締役社長 |
北尾裕一
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所在地 |
大阪市浪速区
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従業員数 |
12,474名(2022年末現在)
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創業 |
1890年
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資本金 |
841億円
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事業内容 |
1890年の創業以来、水道用鉄管による近代水道の整備を進め、農業機械や建設機械、産業用エンジン、環境関連機器などの製品・技術をもとに世界120か国以上で「食料・水・環境」分野の課題解決に取り組む。
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経営者略歴 |
北尾裕一(きたお・ゆういち)
1956年7月生まれ。1979年東京大学工学部船舶工学科卒業。同年久保田鉄工株式会社(現:株式会社クボタ)入社。2011年米国トラクタコーポレーション社長、2019年代表取締役副社長執行役員および機械事業本部長などを経て、2020年1月から代表取締役社長に就任。趣味はゴルフ、囲碁。好きな言葉は「一燈照隅 万燈照国」。 |
年休取得推進のポイント
- 労使トップが連名で取得を呼びかける
- 他社と比較して年休取得の遅れを認識。2014年に社長と労働組合委員長が連名で全従業員に取得を促す通達を発信。労使一体となって本気度を示すことで社内の意識を変えた。
- 独自の積立年次有給休暇制度に「特別付与」を追加
- 取り残した年休を失効させずに60日分まで溜められる「積立年次有給休暇制度」。この自社制度に2016年、入社時に10日、2年目以降は毎年5日を60日溜まるまで加算する「特別付与」を開始。新卒やキャリア採用組に配慮した年休制度の充実を図る。
- 申請手続きを簡素化して取りやすくする
- 年休は勤務管理システムで申請し、自動で上司に承認依頼が届く仕組みにした。いつでもどこからでも申請できるようにして、気兼ねなく休みが取れる形に。
2013年は取得率50%台、経済誌での「ランク外」に危機感
年休取得の取組は、「働きやすい会社を目指す中心施策として2014年から進めてきました」と渡部猛雄人事部長は話す。きっかけは、経済誌の年休取得率企業ランキングだった。「10年前の2013年は300位内にも入らないランク圏外で、平均取得率は50%台。他社と比べて年休取得への取組が遅れていました。ワーク・ライフ・バランスという考え方が醸成されるなかで、労使ともに社会に取り残される危機感を持ったことが始まりでした」
改善に向けて取った最初の行動は、当時の社長と労働組合委員長連名による全従業員への通達だった。ランク圏外にある経済誌の記事を示して年休取得を促し、「3年後の2017年度までに取得率100%」を目指す方針を伝えた。また、これとは別に同日、社長から役員と全部課長に対して取得を徹底させる文書も発信。こうした労使トップによる異例の呼びかけが社内の雰囲気を一変させたという。
「年休を取っていいんだ、部下に取らせないといけないんだという意識に大きく変わりました。制度や仕組みはあっても社員が意識しないと活用されません。労使トップによる発信が今に至る起点になりました」と渡部人事部長は振り返る。
時間単位年休を2016年に導入、使い方の幅を広げる
年休を使いやすくするために2016年に時間単位年休を導入、1年につき5日分までを1時間刻みで使えるようにした。1998年に導入した半日単位年休と合わせ、休みの取り方の選択肢を広げた形だ。
また、同社には、取り残した年休を失効させずに60日分まで溜められる「積立年次有給休暇制度」がある。病気やけがで長期休職する際に給与全額を補償するものとして1996年に採用されたこの制度に2016年、「特別付与」を設けた。積立年休として入社時に10日、2年目以降は5日を、60日分溜まるまで毎年特別に与える制度だ。
「年休を使い切る意識が定着してきたことで、若い社員は失効分を回す積立年休が溜まらない傾向にあるため、特別付与を始めました。『なぜここまでするのか』と問われれば、企業理念に『従業員の幸福』を掲げる当社の文化だから、ということだと思います」と渡部人事部長。積立年休は原則、通常の年休を使い切った後に活用するものとし、利用対象は当初は、病気やけがなどを理由とした長期休職などに限っていたが、現在は家族の介護や看護、子どもの学校行事参加などのファミリーサポートにも対象を広げている。
独自の年休制度と合わせると入社1年目で24日分を付与
同社の年次有給休暇は入社1年目で14日、2年目16日、3年目以降は毎年20日付与される。これに積立年休を加えると、新入社員の場合、計24日分が1年目に与えられることになる。こうした制度が整っていても、使いづらい雰囲気があれば利用は進まないもの。年休を取ることが当たり前となる風土の醸成にも取り組んできた。
労使で定期的に取得状況を確認し合ったり、取得率が低い部門に対しては人事から直接促進を呼びかけたり。さらに「取得状況の可視化」も行った。本社各部の年休取得状況がひと目でわかる棒グラフを、年度半ばを過ぎた時期に社員食堂の出入り口に掲出した。「取得率50%の位置に赤線を引き、半期で達しているかどうかがわかるようにして、年度後半での取得を促しました。そのグラフを最も気にしたのは管理職です。その層の意識を変えないと風土は変わりません」(渡部人事部長)。そうした試みを経て今は、取得状況を人事から部門長にメールで知らせている。
また、従業員が年休を取りたいときは、勤務管理システムで申請すれば、そのまま自動で上司に承認依頼が届く仕組みになっている。時間や場所にとらわれず、気兼ねなく休みが取れる環境を確保する。こうした一連の取り組みで、2014年のトップ宣言から5年経った2018年度には平均取得日数は18.8日、取得率は94.5%まで上昇。以降も取得日数は20日前後、取得率は100%を超える水準を維持している。
乗用芝刈り機を開発するターフ技術部所属の山本知央さんは、小学2年生の長女をはじめとする3人の子どもがいる。他社で働く妻との子育てや家事分担で活用するのが時間単位の年休だ。「保育園への送り迎えで1時間だけ取るなどの柔軟な使い方ができるので、制度化されてとても有難かったです」。年休を申請する際に上司から理由を聞かれることはない。状況を察して仕事の調整もしてくれる。職場のメンバーからも「その仕事はやっておくよ」と声がかかる。理解と助け合いに支えられているという。
2013年度に入社してしばらくは、「病気以外の理由で年休をとることなど考えられない雰囲気がありました」。年を追うごとに、年休の取得目標が掲げられ、現状で何日使ったかを自己管理する意識が生まれ、今では取ること自体が当たり前の環境に。この10年の間に会社の風土が変わるのを見てきた。
山本さんは今年8月に3子目が誕生し、現在は育児休暇中だ。1人目は3日間、2人目は1週間、今回は1カ月間を申請した。春の段階で上司や同僚らに相談して仕事を調整。上司からは「頑張ってくださいよ」と励まされた。「年休や育休を使うたびに思うことは、良い会社だなということ。自然と帰属意識が高まります」。同社における2022年度の男性社員の育児休暇取得率は72.4%。312人が平均23日取っている。18年度の取得率は39.7%で平均取得日数は12日。男性の育休を推奨する会社の方針を受けて年々向上している。
育休明けからフルタイム勤務 「制度があるからなんとかなる」
人事部で働く近藤慶乃さんは小学1年生と3歳児の子育て中。小学校終了まで認めている短時間勤務制度は使わずに、これまでフルタイム勤務を通してきた。半日や時間単位の年休も使い、子どもが病気のときにはクボタの別の部署で働く夫と、午前と午後で交代して世話をするなど、人の手を借りずに夫婦でやりくりし、保育園の行事にも参加してきた。「会社の制度があるからこそ乗り切れています」と明るく話す。
同社は、2020年の在宅勤務制度を皮切りに、モバイルワーク、サテライトオフィス勤務、遠隔地勤務制度のほか、コアタイムを設けないフレックスタイム制度を採用し、「場所と時間にとらわれない働き方」を推進している。2022年のフレックスタイム導入後は、ひと月の所定労働時間を満たすことを条件に、始業や終業時刻、1日の労働時間を自ら決められるようになった。
近藤さんは現在、週3日程度は在宅勤務をしている。フレックスタイムとなってからは出勤する日も、「子どもが保育園に行くのを嫌がって、朝8時半の始業に遅刻する罪悪感みたいなものがなくなり、気持ちが楽になりました」。後輩の女性社員から仕事と子育ての両立について相談があると、こう話しているという。「会社の制度を使って夫婦で協力すれば、親の手を借りなくてもなんとかなるよ」
同社は2022年から、経営幹部が中堅・若手社員と対話する場の「タウンホールミーティング」を開催したり、上司との1on1ミーティングの機会を増やしたりと「対話の促進」に力を入れている。これまで続いてきた社内の会話やメールでの社長、部長などの呼称をやめ、「さん付け」する方針も社長名で通知した。積極的なキャリア採用で人材の多様化が進むなか、対話を通じて信頼関係を築き、個々に合った働き方の整備・運用を図ろうとしている。「それが働きやすい職場や働きがいにつながると考えています」。渡部人事部長はそう話す。
2014年に労使トップの宣言からスタートした年休取得促進への歩み。国内トップクラスの水準に達した今、働きやすく、働きがいのある会社への歩みをさらに進めている。