I社(2014年度)

(1)企業概要

社名
I社(2014年度)
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業種/事業概要
情報通信業/金融(銀行・生損保・証券・クレジット)、産業(製造・航空・運輸等)、自治体・大手通信キャリア向けシステム受託開発
従業員規模
3000名超(H26.3月末)
本社所在地
東京都
労働時間制度
始業終業時間 9:00-17:40(休憩45分)、1日の所定労働時間7時間55分、
週休2日
一部の現場ではシフト勤務を行っており、24h体制の現場では深夜勤務もある。

(2)働き方・休み方改善に関するこれまでの取組と指標活用のきっかけ

1)これまでの取組
定期健診以外でのカウンセリングの機会として、月80時間を超えた従業員に対してストレスチェックを行い、希望する社員には産業医との面談を行っている。そして、36協定の特別条項に3回以上社員が該当した部署には、人事から部長への指導を行い、部長は顧客に対し「要員の追加」や「納期の延長」の要請等の改善の提案を行っている。
毎年7月から9月の3ヶ月間を有給休暇取得促進月間として、5日間を目安に取得するように周知している。また、「その他の休暇制度」がある。用途は特に定めておらず、特別な事情が生じた際、人事部で判断して「その他の休暇」として取り扱う。
時間外労働や年次有給休暇取得率に関して、初任管理者に対する研修を行っている。

2)「働き方・休み方改善指標」活用のきっかけ
全社統一での改善策を実施することが極めて難しく、顧客の事情や文化、各プロジェクトの作業計画により各部署で個別に検討させざるを得ない企業状況を考慮した上での、打開策をいただくため。

(3)働き方・休み方の現状・背景

1)人事部の課題認識
昨年度は経営の重点的なテーマに「長時間労働(の抑制)」があったが今年度は無くなった(「協力会社開拓」を重点的なテーマとしている)。トップから働き方・休み方改革の発信ができれば効果が高いだろう。

2)仕事特性と働き方・休み方の現状
①組織体制
SEが社員の9割以上を占める。常駐先は200社以上あり、常駐先の数だけ、働き方・休み方があると考えている。SEはシステム部門に所属しており、事業本部長-事業部長-部長-課長(3名程度)-グループリーダーと役職がある。
部長以上は本社にいることが多いが、課長以下は通常は現場に常駐しており、社内的な管理業務の一部は夜に本社に戻ってから行うことになるため、長時間労働になりやすい。
②働き方
現場(顧客)の就業時間に準じて就業しており、顧客が長時間労働である場合、それに引きずられ長時間労働となることがある(長時間労働が常態化している顧客もある)。SEの稼働率が高く、業務と業務の切れ目があまりないため、社員は常に多忙である。部課長などは組織の経営を担っているため、どうしても業務を効率的に受託・遂行する意識が高くなる。また、能力の高い社員ほど仕事を任され忙しい傾向にある。
産業関連のシステム開発では、元請か、その下請(二次請け)で業務を行うかによって、働き方に差が生じやすい(元請の方が自社によるマネジメントが行いやすい)。
③休み方
7月~9月を年次有給休暇の取得奨励期間に設定し、部課長も休暇を取得するよう奨励して部下の取得促進を行っているが、休暇も労働時間と同様、顧客の影響を受けるため、顧客が年次有給休暇を取得しない企業であれば常駐する社員も休暇を取得しづらい。また、自社が休日でなくとも、常駐先が休日であれば、自社の社員も休日となる(定義のない特別有給休暇扱いとなる)。さらに、システム開発の業務は、世間が休みの時期(例えば盆・年末年始・ゴールデンウィーク等)にシステムの改修などがあり、それが終わると試験運用を行う(保守・トラブル対応)ため、まとまった休暇が取得できない。そのため、プロジェクトがある程度収束したタイミングで休暇取得を行うように人事部長から各部署には伝えているが、企業としての通達ではない(結果的にプロジェクト間に切れ目の無い契約になるケースが多い)。
誕生日や記念日等を年次有給休暇の取得日にするような年次有給休暇の取得促進に資するルールは設けていない。
④マネジメント
管理職研修として課長昇格時の課長研修と、管理職手前の層を対象とした管理専門職研修を開催しており、 36協定やラインケアについて講義を行っているが、非管理職層一般に対する働き方・休み方を意識するための研修や定期的なマネジメント研修はなく、働き方・休み方を意識する機会がない。
部署の最終的な責任者は部長で、部長の考え方は現場の働き方・休み方に多少影響するが、現場のマネジメントは、プレイングマネージャーである課長職が行っており長時間労働になりやすい。
目標管理制度を取り入れており(行動及び業績)、下位層では行動の評価比率が、マネジメント層になると業績の評価の比率が高くなる。下位層では、資格取得を目標とする場合もある(資格取得に、別途報奨金が出る場合もある)。評価は半期ごとに行っており、本人が期初に設定した目標に沿って、まず、自己評価を行い、次に課長(一次評価者)が評価を行う。最後に部長(二次評価者)が評価する。評価には、上司本人や部下の働き方・休み方のマネジメントについての項目はない。
現場と本社とのコミュニケーションが少なく、帰属意識が低い可能性がある。そのため、創立式典への出席によって本社に足を運ぶ機会や、全社運動会を開催するなど、社員が一堂に会する機会を設けている。また、各部署には、懇親会費・レクリエーション費があり、懇親会などに使うことができるようにしている。現状、実態を把握するための社員意識調査は必要と感じつつも行っていない。
労働時間等のマネジメントをうまく行いながら今期の業務を終えた場合、次期の契約の際には期待値が上がって予算もアップし業務量も増加する。そのため、働き方・休み方の手本となっていた部署が、翌年働き方・休み方に問題のある部署に陥ることもある。
⑤その他
業界全体が人材不足であり、年中繁忙期である。
時短勤務者が配置された現場もあるが、現場の理解と本人の能力がカギであり常に歓迎されているわけではない。
全社員がメールアドレスを持つわけではないため、紙ベースで情報の共有を行う場合もある。
営業は、現場のリーダー、システム部門の部課長が行っているが、働き方・休み方の改善を考慮した受注や業務計画・要員計画は行われていない。

(4)働き方・休み方に関する課題

1)働き方
人材不足が顕著であり、仕事量に対してマンパワーが追いついていない。
前の期には経営の重点的テーマに、「長時間労働(の抑制)」が掲げられていたが、今期はテーマに取り上げられていない。
人事評価の項目は、業績・行動が重視されており、企業の持続的な発展及び長期的視点に立った人材管理に重要な、社員の健康維持・確保に資する評価項目が無い。
管理職初任者研修等以外、管理職及び一般社員層に対する公式の研修機会がほとんどない。
必要と感じながらも社員意識調査が行われていない。

2)休み方
年次有給休暇の取得促進月間を有するが、顧客に合わせた働き方・休み方によって、取得促進が進んでいない。また、定義の曖昧な「その他休暇」が存在している。

(5)「働き方・休み方改善指標」診断結果

働き方・休み方に関するアウトプット指標
働き方・休み方に関するアウトプット指標
働き方・休み方に関するアウトプット指標
「働き方・休み方改善指標」による診断結果は以下のとおり。
【労働時間】
週労働時間60時間以上の雇用者の割合は4.8%であった。
→貴社の週労働時間60時間以上の雇用者の割合は、全国の雇用者の平均値である8.0%(社員規模1000人以上のカテゴリ)及び、国の定める目標値5.0%をクリアしているが、36協定で定める労働時間の延長に関する国の限度基準である1か月45時間を超える社員が21.6%いる。
【年次有給休暇取得率】
年次有給休暇取得率は全社員平均で56.1%であった。
→主要産業の平均値である54.6%(社員規模1000人以上のカテゴリ)を上回るものの、国の定める目標値70%を下回っている。
貴社の長時間労働の社員の割合は目標値を達成しているが、36協定で定める労働時間の延長に関する国の限度基準である1か月45時間を超える社員が一定数ある。一方、年次有給休暇の取得率は平均値をクリアしているものの目標値には達していないことから、休み方の改善が求められる。そのため、休み方の改善を中心としながら、働き方についてももう一段の改善策の検討を行う必要がある。
※「1ヶ月あたりの残業時間が80時間を超える社員の割合」を「週労働時間60時間以上の雇用者の割合」と見なした。
働き方
休み方

(6)課題の整理と改善提案

働き方・休み方に関する課題の整理と改善提案は以下のとおり。

指標項目
現状と課題
対策案
Vision(ビジョン)
項目1
方針・目標の明確化
近年、本業界では全般的にSE人材が不足してきており、社内、協力会社ともに業務量に対して人的資源が不足する傾向にある。
トップメッセージの発信
SE人材が不足傾向にある本業界の状況下で、企業としての長期的な発展の視点に立てば、「人的資源の有効活用」が重要である。働き方・休み方の改善と一層の業務効率の向上を経営課題として位置づけ、トップが働き方・休み方の改善に関連づけて、業務効率性の向上についてメッセージを発信することが、その後の取組みを進める上で効果的である。
ワーク・ライフ・バランス重視の姿勢を社内外にアピール
社内広報やイントラネット、CSR報告書や統合報告書などで、実際に社員の働いている姿、活躍する姿を紹介するとともに、現状の働く環境と制度、働き方・休み方についての改善の取り組みを紹介するなど、残業が少なく働きやすい環境であることを社内外にアピールし、採用上の差別化を図るとともに、社員の定着率向上を図る。
System(システム)
項目3
改善促進の制度化
7~9月の「有給休暇取得促進月間」に「5日間」を目安に取得する周知がなされているが、顧客先常駐の業務が多い中で、組織的な対応への社員の意識は薄く、全社一律の取り組みが行いにくい。また、「その他の休暇制度」があるが定義があいまいで利用しづらい。
メモリアル休暇などによる年次有給休暇取得促進の推進
7~9月に設定している「有給休暇取得促進月間」に加えて、就業規則に、「記念日休暇」、「誕生月休暇」等のメモリアル休暇を規定し、制度化する。現場では、翌月のシフト計画を立てる際に、記念日の対象となる社員をきちんと把握したうえで、該当者に希望日をヒアリングし、必ず反映する。メモリアル休暇は、年次有給休暇の消化日とすることを就業規則で規定する。
メモリアル休暇(有給休暇)取得計画を早めに顧客に伝える事、メモリアル休暇制度が企業のルールに沿った休みであることを、マネジメント層が顧客に伝えて、社員が休暇取得しやすい環境を作る。
項目4
改善促進のルール化
管理職の人事評価に、働き方・休み方をマネジメントする項目はなく、業績面のウエイトが高く、稼働率の向上を重視する傾向にある。
人事評価項目に「ワーク・ライフ・バランス」を組み込む
長期的視点に立てば、「人材確保」や「人材育成」も重要であることから、管理職の人事評価項目にワーク・ライフ・バランス、人材育成の項目を組み込む。
好業績を出した部署は次期により高い目標達成を求められる傾向にあり、その結果労働負荷が高まりやすい。
予算策定時における労働時間面からのチェック
部署の予算策定時に、業績目標の設定に加えて、業務の効率性や適正な働き方となるような労働時間数の目標を設定し、両面からチェックを行うこととする。
Action(アクション)
項目5
意識改善
常駐型の業務にも数名のチームと100人規模のチームがあり、特に後者の場合は課長やグループリーダーなどのプロジェクトの指揮命令者の「業務に対する姿勢」や「マネジメント能力」によって、メンバーの働き方に差が生じている可能性がある。
管理職に対するマネジメント研修を実施
管理職のマネジメントのレベルを合わせるため管理職研修を実施する。研修内容に、管理職に期待される役割の一つとしてワーク・ライフ・バランスに関する項目や、効率的な業務を進めるためのマネジメントの技術に関する項目を含める。
項目7
仕事の進め方改善
業務を受注する段階で、厳密な採算性の確保と受注判断を行うことで、より付加価値の高い業務に人的資源投入を集中させることが望ましいがなされていない。
能力の高い社員に業務が集中する傾向にあり、2,000人近くの非管理職層の社員の業務能力向上が課題である。
受託する仕事の採算性や業務特性による選別受注
業務について、その採算性、長時間労働につながりやすいか、など特性を把握し、一定の基準の下に選別受注を行う。これによって、採算性及び長時間労働の抑制につなげる。具体的には、業務に係る人件費の原価計算の際に、残業なし、かつ、年次有給休暇を完全に取得した場合の人件費単価を計算しておき、それで見積もった場合との見積額とのギャップを一つの判断材料とする。
非管理職に対する人材育成計画とOJTの充実
特定の社員への業務集中を避けるとともに、社員全体の生産性向上を図ることを目的に、社員全体の能力向上を目指した人材育成計画とOJTの仕組みの充実を図る。
Check(チェック)
項目8
実態把握・管理
「社員満足度調査」を実施したことがなく、社員のモチベーション管理を行おうとしても、判断材料がない。
社員意識調査の実施
「社員意識調査」を定期的に実施し、社員のモラール、働き方、評価、処遇について社員の意識を把握し、企業としての必要な施策検討の資料とする。これによってPDCAサイクルをまわす。

(7)改善提案の活用

提案の活用、取組状況に関しては以下のとおり。
1)トップメッセージの発信
社内報などを利用して、担当取締役にメッセージ発信をお願いする。
これから具体的な所定外労働の削減目標や年次有給休暇の取得率等の数値目標の算出を行なう。
2)ワーク・ライフ・バランス重視の姿勢を社内外にアピール
業績に対する部室表彰同様に、ワーク・ライフ・バランスの取組み状況に対する表彰などを検討する。
3)メモリアル休暇などによる年次有給休暇取得促進の推進
例えば、勤続20年となった社員に記念の旅行券を配布するにあたり、年次有給休暇取得計画表を提出してもらうような取組みを検討する。
4)管理職に対するマネジメント研修を実施
経営層から発信されるメッセージに呼応して、来年度の新任管理職研修などでワーク・ライフ・バランスに関連する講義やワークの実施を検討する。
5)社員意識調査の実施
平成27年12月1日に施行される「ストレスチェック」に付随する項目として調査することを検討する。

また、提案いただいたその他の取組についても検討を行い、働き方・休み方の改善を推進したいと考えている。

(8)「働き方・休み方改善指標」活用の効果(結果)

項目1、「業務効率性の向上についてトップがメッセージを発信」の改善提案を参考に、社長や役員から、継続的にメッセージを発信し、マネジメント職への意識付けが進んだ。経営企画部門でも常に経営上のリスクとして残業時間の実態把握などを行っている。
さらに、項目7「受託する仕事の採算性や業務特性による選別受注」の提案を参考に、見積りやチーム編成の精度を上げるための専門部署を立ち上げ、受託する仕事について精査をはじめた。また、「非管理職に対する人材育成計画とOJTの充実」の提案を参考に、研修を担当する部署が、対人関係能力と技術力の両面から、年次別、職務ランク別に、オープン参加も可とする等、多様な研修の機会を設け、受講者数が大幅に増加した。
働き方・休み方に関する実績値で確認すると、昨年度4.8%であった労働時間週60時間以上の雇用者は、1年経過した現在3.4%に減少した。また、年次有給休暇の取得率は、前回56.1%であったが58.2%と、働き方・休み方ともに数値の改善に繋がった。

(平成26年度事業)

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